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by Makoto Mochizuki, M.D., Ph.D.


細胞傷害(cell injury)

まず適応について

 細胞は、正常な状態では「恒常性(homeostasis)」を保って存在している。いろいろなストレスを受けて恒常性を保てなくなると、細胞は「適応(adaptation)」することによって新たな定常状態に移行する。

 「適応」の種類には 「肥大」「過形成」「萎縮」「化生」などがある。

肥大(hypetrophy):細胞の大きさが増大する。それによって臓器が大きくなる。

過形成(hyperplasia):刺激により、組織や臓器の細胞数が増加する。

萎縮(atrophy):細胞の数や大きさが減少し、組織や臓器が小さくなる。萎縮細胞は機能を消失することがあるが、細胞死には至らない。

 肥大過形成萎縮

化生(metaplasia):一旦成熟したある細胞種が、ほかの細胞種に変化する。あるいは、ひとつの分化形質を示す細胞が他の分化形質を持つ細胞に変化する。気管は正常では線毛上皮でおおわれているが、炎症が持続すると扁平上皮がおおうようになる(扁平上皮化生と呼ぶ)。胃粘膜には正常では胃腺窩上皮があるが、慢性胃炎では小腸上皮が見られるようになる(腸上皮化生と呼ぶ)。

 化生

 適応限界を越えた時に「細胞傷害(cell injury)」が起こる。
 傷害が可逆的(「可逆的な細胞傷害」)のときは元に戻る。
 傷害が非可逆的(「非可逆的な細胞傷害」)のときは「細胞死(cell death)」に至る。

適応と細胞傷害

細胞傷害と細胞死

細胞傷害の原因

 「細胞傷害」の原因にはいろいろなものがある。
 酸素欠乏、化学物質、感染性物質、免疫反応、遺伝子異常、栄養障害、物理的刺激、老化などにより細胞は傷害される。
 これらの原因によるストレスの程度により、可逆的から非可逆的までの細胞傷害がおこる。

 これらの原因を内因と外因に分ける考えがあった。たとえば・・・
 内因:代謝異常、遺伝子異常、免疫異常、加齢、など
 外因:生物学的因子、物理学的因子、化学的因子、栄養学的因子、社会的因子、など
 しかし、ひとつひとつの病気の原因や起こり方が詳細にわかってくると、内因と外因にわける意味がなくなってきた。内因とされた多くのものが外的因子による障害(遺伝子の傷害や異常な反応)であることがわかってきたのである。

細胞死

 「細胞死」には主に2つのタイプがある。「壊死(necrosis)」と「アポトーシス(apoptosis)」である。

(1)「壊死(necrosis)」:

 「可逆的な細胞障害」のときに最初に観察される現象は、「細胞腫脹(cellular swelling)」である。そして、脂肪蓄積、形質膜の小疱形成、微絨毛の消失、小胞体の拡張、ミトコンドリアの腫脹がみられる。これらの変化は、正常に戻りうる変化である。
 「非可逆的な細胞傷害」を受けて細胞は「壊死」となる。「壊死」になるときの一連の変化は、「細胞膜の完全性の消失」「細胞質内小器官の酵素作用による消失」「細胞内容の漏出」 である。
 細胞が「壊死」に陥ったとき、漏出した細胞内容に対して炎症が起こる。

 壊死

壊死にいたる細胞傷害のメカニズム

細胞が壊死に至る傷害のメカニズムには以下のようなものがある。

*ATPの枯渇:
 細胞は生存のために、アデノシン三リン酸(ATP)がアデノシン二リン酸(ADP)と無機リン酸(Pi)に加水分解されるときに放出されるエネルギーを使っている。ATPが産生されそれが細胞内に貯蔵されると、エネルギーが細胞内に貯蔵されるということとなる。ATPは好気性代謝で効率よく作られる。ATP産生はミトコンドリアで行われる。
 ATPが過度に欠乏しエネルギー不足になることによって、細胞には以下のような致命的な影響が出る。
1. 細胞膜にあるエネルギー依存性ナトリウムポンプの活動が低下し、細胞内にナトリウムが蓄積し、カリウムが流出する。その結果、浸透圧が下がり、水が細胞質内に流入し、細胞が腫脹する。
2. ATP以外のエネルギー源を確保しようと嫌気性解糖が行われて、グリコーゲンが急速に減少する。乳糖が蓄積され、細胞内pHが下がり、細胞内酵素の活性が低下する。
3. カルシウムポンプが動かなくなる。
4. 長期化すると粗面小胞体からリボソームが分離し、タンパク質合成が低下する。

*ミトコンドリアの損傷と機能障害:
 ミトコンドリアの損傷により、ATPの枯渇、活性酵素(フリーラジカル)の形成、アポトーシスの活性化などがおこり、細胞が傷害される。

*カルシウムの流入:
 虚血などのストレスによって、細胞質小器官内(ミトコンドリアやER)のカルシウムイオンが細胞質基質に放出されたり、細胞外からのカルシウムイオンの流入があったりすると、細胞質基質内のカルシウムイオン濃度が上昇する。カルシウムイオン濃度の上昇によって、ホスソリパーゼ(膜損傷)、プロテアーゼ(膜・細胞骨格損傷)、エンドヌクレアーゼ(DNA・クロマチン損傷)、ATP分解酵素(ATPの分解・減少)などの各種酵素が活性化され、これらが細胞を傷害する。また、ミトコンドリアの機能障害もおきる。

*酸化ストレス:
 活性酸素種(reactive oxygen species, ROS)は、正常な細胞内では細胞内で大量に発生すると、脂質膜を過酸化したり、タンパク質の架橋を促進して酵素活性を下げたり、タンパク質を切断したり、DNAを損傷したり、などいろいろと細胞を傷害する。
 活性酸素種は、紫外線やX線の照射で水から発生し、ある種の化学物質の代謝で増加することが知られている。活性酸素種は、主にミトコンドリアやエクソソームで発生する。
 活性酸素種は、白血球が殺菌のために産生したり、細胞内のある種のシグナル伝達に関与したり、正常機能における役割も持っている。正常では細胞傷害をおこさないように細胞内濃度が厳密に制御されており、活性酸素種を除去する機構がいろいろと発達している。

*膜透過性の障害:
 いろいろな細胞傷害において、細胞膜の損傷がおこり、その結果として細胞死に至る。

壊死組織の形態的パターン

 壊死に陥った組織は形態的なパターンから、大きく2つに分類される。

凝固壊死: 死んだ組織の構造が、少なくとも数日そのまま残る。硬い塊となる。
融解(液状)壊死: 死んだ細胞が完全に消化(液化)され、柔かい物質となる。死んだ組織が白血球などで溶かされた場合や、脳組織が虚血で壊死に陥った場合に見られる。

特殊な壊死のパターン
 いくつかの特殊な壊死の形態パターンがある。
壊疽性壊死: 黒色を呈する壊死のこと。「乾性壊疽」は壊死組織の水分が蒸発したもの。凝固壊死の一種である。ミイラなどでみられる。「湿性壊疽」は壊死部に感染が加わったもの。融解壊死の一種である。
乾酪壊死: 結核感染で見られる類上皮細胞肉芽腫の中心に見られる壊死のこと。肉眼像が乾酪(チーズ)に似ている。凝固壊死の一種である。
脂肪壊死: 脂肪組織が死ぬと、不透明な白色調の黄色をした硬い塊をつくる特徴的な肉眼像を呈することから、特にこう呼ばれる。凝固壊死の一種である。
フィブリノイド壊死: 血管壁が免疫反応で傷害された時に見られる壊死のこと。HE染色でピンク色の無構造物が沈着する特有の組織像を示す。

凝固壊死 [虚血性の壊死に陥った胎盤。壊死した部分に絨毛の形がうっすら残っている]
 凝固壊死

液状壊死 [虚血性の壊死に陥った大脳(左端領域)。壊死の部分は触ると柔らかい]
 液状壊死

乾酪壊死 [結核の類上皮細胞肉芽腫の中央部の壊死。肉眼的にチーズ様とされる]
 乾酪壊死

フィブリノイド壊死 [血管壁がHE染色で特徴的に一様にピンク色に壊死に陥っている。リンパ球が多数伴っている]
 フィブリノイド壊死

(2)「アポトーシス(apoptosis)」:

 アポトーシスとは、厳密に制御された自殺プログラムによって誘導される細胞死のことである。
 病的な時だけではなく、生理的にいつも起こっている現象であり、不必要な細胞や損傷細胞を除去するしくみである。
 病的なものとしては、DNA損傷がおこった細胞を除去する時、タンパク質合成時におりたたみ不全をおこしたタンパク質が小胞体に蓄積した時、ウィルスに感染した細胞を除去する時、などにおこる。

 アポトーシスでは、核内DNAや細胞質・核内たんぱく質を分解する酵素が活性化され、細胞の断片が剥がれ落ちていき、「枯れ落ちる」外観をしめす。細胞膜が無傷なままで細胞成分が剥がれ落ち、剥がれ落ちた細胞成分はマクロファージに貪食されるなどして、細胞の内容が細胞外に漏出する前に除去される。
 細胞内容の細胞外漏出がないので、炎症が起こりにくい。

 アポトーシス
 アポトーシス
 アポトーシス

 アポトーシスは、細胞内の「カスパーゼ」が活性化され、たんぱく質やDNAを切断することで開始される。アポトーシスがおこる時のカスパーゼが活性化される経路は二つある。

1) 細胞表面の特定の受容体(デス・レセプターと呼ばれる(Fas、TNF受容体など))がTリンパ球などによって刺激されることを契機に、カスパーゼが活性化される経路。

2) ミトコンドリアにアポトーシスを誘導する物質(チトクロームcなど)が含まれており、正常ではbcl-2ファミリータンパク質によって制御されている。細胞外部からのストレスでこの制御が乱れ、ミトコンドリアから細胞質内に誘導物質が流出し、カスパーゼが活性化される経路。

 アポトーシスの経路

細胞老化(cellular aging)

 老化(senescence)とは、人の余命が短くなっていくこと、細胞の能力が減衰していくこと、である。いくつかのメカニズムが関与していると考えられている。

DNA損傷
 DNAの損傷は通常人体にそなわったDNA修復機構によって修復されるが、修復されなかった致命的でない損傷DNAの蓄積が、老化に関与していると考えられている。血液幹細胞には、年間14ヶ所の遺伝子変異が加わっていっているというデータがある。
 ウェルナー症候群は、白髪、禿頭、皮膚のしわ、白内障、動脈硬化、糖尿病など高齢でみられる病気が若年から見られる病気である。常染色体劣性遺伝病であり、8番染色体上にあるWRN遺伝子の変異がある。RecQ型のDNAヘリカーゼ(WRNヘリカーゼ)(DNAが複製する特に二重らせんをほどく働きをするタンパク質)に異常があり、老人でみられるような遺伝子変異の蓄積が若年からみられる。DNAヘリカーゼの異常がどのようなメカニズムで老化を早めるかについて不明な点が多いが、現在いろいろと研究が行われている。

細胞の複製機能低下
 すべての正常な細胞は分裂回数に限りがある。細胞分裂回数が上限に達すると、細胞は末期の非分裂状態になって分裂を停止する(複製老化)。複製老化に達した細胞の増量が、個体レベルでの老化に関与している。小児から採取した細胞を培養すると、高齢者から採取した細胞に比べて多くの回数の分裂を行うことが出来る。
 細胞分裂の回数に限りがある現象には「テロメア(telomere)」が関与している。「テロメア」とは直線状の染色体末端に存在するDNAの短い反復配列のことである。テロメアが存在することで染色体末端の完全な複製が可能となっており、また、テロメアは染色体末端を融合や分解から保護する役割を果たしている。正常な細胞が細胞分裂する際、テロメアの一部が複製されないままに分裂していくため、分裂するたびにテロメアは短縮していく。テロメアが極端に短くなった場合、細胞周期を停止するシグナルが伝わる。テロメアを伸張させるテロメラーゼ(telomerase)という酵素があるが、テロメラーゼは生殖細胞では認められるが、幹細胞でわずかに間質される程度であり、ほとんどの正常な体細胞では認められない。

 p16(INK4a)が老化に関与しているといわれている。P16は、組織の老化に伴って飛躍的に上昇する。p16は、細胞周期のG1からS期への進行を抑制的に制御しているタンパク質であり、p16の上昇は細胞複製能を低下させる方向に働いているのではないかと考えられている。

 細胞周期とp16

タンパク質の恒常性の欠陥
 タンパク質合成の際には、正しく折りたたまれたタンパク質を維持し、間違った折りたたみをおこしたタンパク質を排除する機構がある。高齢化とともにこの機構に欠陥が出てくることが老化に関与するといわれている。折りたたみ不全のタンパク質が小胞体に蓄積するとアポトーシスを誘導する。

栄養感知の制御不全
 カロリー制限が長寿と関係するといわれている。
 カロリー制限でsurtuins(サーチュイン, Sirt)が活性化される。サーチュインは長寿遺伝子と呼ばれる。サーチュインは、酵母Sir2(silent information regulator-2)の哺乳類ホモログであり、Sirt1 からSirt7 まで同定されている。
 酵母では、Sir2を欠損させると寿命が短縮し、過剰発現させると寿命が延長する。酵母Sir2は、ヒストン脱アセチル化酵素であり、「リボソームRNA反復遺伝子群」(同じ遺伝子が100回以上繰り返して存在し、老化と共にコピー数が激しく変動する遺伝子群)の安定化のために働いている。「リボソームRNA反復遺伝子群」を人為的に不安定化させると酵母の寿命は短くなり安定化させると寿命は延長した。現在は酵母Sir2に近いされる哺乳類のSirt1についてマウスなどで様々な研究が行われている。

 インスリン/インスリン増殖因子-1(IGF-1)経路の抑制が長寿をもたらすことが知られている。線虫で、インスリン/IGF-1受容体であるdaf-2遺伝子の変異によるシグナル低下が線虫の寿命を約2倍に延長することが知られている。また、ハエでもインスリン/IGF-1受容体の遺伝子変化が寿命を延ばすことが知られている。こうした糖代謝関係の経路が寿命に関連する点が注目されている。

[2020.4.]


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