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by Makoto Mochizuki, M.D., Ph.D.


組織修復

 修復(repair)とは、損害された組織の構造と機能を回復させる過程であり、2種類の機構により達成される。

 再生(regeneration): 損傷した組織を元に戻し、本質的に正常な状態へ戻ること(組織の種類により正常な状態に戻りにくいことがある)。

 治癒(healing): 結合組織(線維性組織)への置換により修復がなされる。これは、損傷された組織に正常に戻る能力がない場合や組織の支持構造が重度に傷害された場合におこる。治癒の結果として「瘢痕(scar)」が形成される。また、線維化(fibrosis)とは、膠原線維(コラーゲン collagen)が広範に沈着する状態をいう。

再生(regeneration)

増殖能に基づいた組織のグループ分け

 再生する(失われた組織がもとに戻る)には、組織の増殖が必要である。組織の増殖能に関して、人体の組織は3つのグループに分類される。
(1) 不安定組織(labile tissue): 上皮、骨髄などが相当する。常に失われるとともに、組織幹細胞からの分化や分化細胞の増殖によって常に置き換わっている。
(2) 安定組織(stable tissue): 肝臓、腎臓、膵臓、血管内皮細胞、線維芽細胞などが相当する。定常状態では、G0にとどまって最小限の増殖能のみ有する。障害が起こると増殖可能な状態になる。
(3) 永久組織(permanent tissue):神経細胞、心筋細胞などが相当する。出生後には増殖しないと考えられている(でも少しは増殖する)。不十分な再生しかしない。

幹細胞(stem cell)

 幹細胞とは、自己再生能と非対称分裂の2つの特性を持つ細胞のことである。つまり、幹細胞は、分裂すると、片方の娘細胞は分化経路に入っていき組織を形成するが、もう一方の娘細胞は幹細胞にとどまる。

 幹細胞

 幹細胞には、多能性幹細胞と、組織幹細胞(成体幹細胞)がある。

多能性幹細胞:
 いろいろな多くの分化経路に入ることができ、いろいろな組織を形成できる幹細胞を多能性幹細胞という。
 人体が発生するときには胚細胞から人体の様々な器官が生成される。こうした胚から単離された細胞を、胚性幹細胞(ES細胞:embryonic stem cell)という。
 成人の体細胞へ数種類の遺伝子を導入することにより、胚性幹細胞(ES細胞)のように多くの細胞に分化できる多能性幹細胞が作成でき、これを人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)という。導入する遺伝子はOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4つが最初に用いられ、これらは山中因子と呼ばれる。c-Mycが癌原遺伝子であることから、現在はこれを使わない組み合わせが開発されている。

組織幹細胞(成体幹細胞):
 成人組織にも、複数の細胞系列を生み出すことができる細胞がいることが知られており、組織幹細胞 tissue stem cell(成体幹細胞 adult stem cell)と呼ばれる。組織幹細胞は、皮膚、骨髄, 消化管などでその存在が知られており、不安定組織では細胞補給の元となっている。組織幹細胞は、通常、近傍のいくつかの組織への分化を示すのみで、多能性に分化する能力はない。

不安定組織とその再生

 不安定組織では組織幹細胞から細胞の供給が絶えず行われている。

 小腸の幹細胞と細胞回転

 小腸では腺底部にある組織幹細胞(赤)が細胞分裂をして細胞を供給している。細胞分裂後、分化した細胞(青)が腺管内を上方に向かって押し出されていき最後は内腔に剥離していく。分化した細胞(青)は生まれて2から3日で内腔に剥離する。

 皮膚の幹細胞と細胞回転

 表皮では基底層にある組織幹細胞(赤)が細胞分裂をして細胞を供給している。細胞分裂後、分化する細胞(青)は表面に向かって押し出されていき最後は表層で角化細胞となり剥離していく。

 小腸や皮膚の再生は下記のように進行する。

 小腸と皮膚の再生と幹細胞

安定組織とその再生

 安定組織では、定常状態では細胞はG0にとどまって最小限の増殖能のみ有するが、障害が起こると細胞は増殖可能な状態になる。不安定組織と異なり、安定組織には組織幹細胞は存在しないようである。

 肝細胞の再生と幹細胞

 肝臓では、組織幹細胞がグリソン鞘近傍に居て、肝細胞と胆管細胞を補給するといわれていた。しかし、実際は正常な肝臓のグリソン鞘近傍には細胞分裂をする細胞はあまりなく、肝臓が傷害されたときには、小葉内の肝細胞がところかまわず細胞分裂をして再生をする。肝細胞は分化経路に乗っているが、いざと言う時には細胞分裂をする能力を持っているようである。これは小腸や皮膚などの不安定組織とは異なっており、現在では肝臓に組織幹細胞の概念は適応できないということになっている。

永久組織とその再生

 永久組織の主な構成細胞は、出生後には増殖しない。
 障害を受けて細胞が失われたときには、治癒により修復される。
 脳で神経細胞が失われても神経細胞が増殖して数が補われることはない。 脳では神経膠細胞がいろいろな傷害に対して増殖はするが、神経膠細胞は脳の機能には関与しない細胞である。心筋細胞も、虚血などで壊死に陥り失われても、増殖して数が補われることはない。心筋が広範に壊死に陥り失われた場合には線維化で置き換わることが多い。

治癒(healing)

「細胞外マトリックス(ECM: extracellular matrix)」

 治癒の過程では、組織に細胞外マトリックスの産生、沈着がおこる。

 正常組織に存在する細胞外マトリックスの役割は以下のようなものである。
 力学的な支え、細胞増殖の制御、細胞分化の維持、組織再生のための足場、組織内の微小環境の確立、制御因子の貯蔵と提示、などである。
 正常組織では、細胞外マトリックスは「間質マトリックス」と「基底膜」として組織中に見られる。
 間質マトリックスは、線維芽細胞などの間葉系よって合成され、無定形ゲルを形成する傾向がある。コラーゲン、フィブロネクチン、選らすチン、プロテオグリカン、ヒアルロン酸などで構成される。
 基底膜は、上皮細胞、血管内皮細胞、平滑筋細胞の周囲は、高度に組織化され、板のような網目状構造をつくっている。IV型コラーゲンとラミニンが主要成分である。

治癒の過程

 治癒とは、傷害された組織の結合組織(主に線維組織)への置換である。

 治癒は以下の様に進行する。
(1) 新しい血管の形成(血管新生 angiogenesis)が行われる。骨髄からの内皮前駆細胞(EPC)の動因による血管新生がおこる。また、既存の血管の発芽による血管新生もおこる。VEGF(血管内皮成長因子)やFGF-2(塩基性線維芽細胞増殖因子)などが関与する。
(2) 肉芽組織(granulation tissue)の形成がおこる。血管新生と細胞外マトリックスの沈着によって、組織欠損部に芽が出るように出てくる新しい組織を肉芽組織と呼ぶ。肉芽組織(granulation tissue)と肉芽腫(granuloma, epithelioid cell granuloma)は似た言葉だがまったく違うものである。

 肉芽組織
 肉芽組織 [組織新生の先端部(表面)では血管新生が盛んであり、深部では浮腫・細胞外マトリックスの沈着が目立つようになってきている]
 肉芽組織

(3) 線維芽細胞の損傷部への遊走と増殖、 細胞外マトリックス(特に膠原線維)の合成と沈着がおこる。
(4) 線維性組織の成熟と再構成(リモデリング remodeling)がおこる。修復過程の最終的な結果は、ある面から見れば、細胞外マトリックスの合成と分解のバランスの上に成り立っている。マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP) ファミリーによって、細胞外マトリックスは分解される。

 心筋瘢痕
心筋梗塞(虚血性の心筋壊死)後、壊死物質の除去が終わり、心筋消失部位に細胞外マトリックスの沈着と膠原線維増生の初期状態がみられる(右:マッソン染色で青色にみえる膠原線維の量はまだ少ない)。

(5) 「瘢痕形成 scar formation」(線維化)がおこる。膠原線維が沈着し、損傷部は最終的には少し縮む。

 心筋瘢痕
心筋梗塞(虚血性の心筋壊死)後の瘢痕組織。心筋の失われた領域が膠原線維(右:マッソン染色で青色)に置き換わっている。傷害されずに残存する心筋はマッソン染色で赤紫色に見える。

皮膚の治癒

 皮膚が外傷により障害されたときの治癒は、下記の2つの場合を代表として説明される。
 一次治癒:切り口が鋭く、組織欠損が少ない傷の場合の治癒過程のこと。
 二次治癒:組織欠損が広範な傷の場合の治癒過程のこと。

 皮膚の治癒

 皮膚の病的な修復として「ケロイド keloid」があげられる。
 皮膚の組織修復に関連して、極度に過剰なコラーゲン沈着がおこって、皮膚から隆起した塊をつくる。組織は線維組織からなるが、その内に特徴的な太い膠原線維束が認められる。

   

[2020.4.]


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