Website of Pathology
by Makoto Mochizuki, M.D., Ph.D.


腫瘍

腫瘍の定義

 「腫瘍」(neoplasia(新生物))とは、「正常組織に比し非協調的な速い増殖を示し、この変化の要因となった刺激が失われた後にも、過度の増殖を維持する組織の異常な塊である。」と定義される(Willisの定義)。

 すべての腫瘍発生の基礎となっているのは遺伝子変異である。遺伝子変異が、腫瘍の過剰かつ無秩序な増殖(正常な増殖制御を受け付けない増殖)を引き起こしている。
 多くの腫瘍は単一の細胞を起源としている。単一の異常細胞が正常な制御機構の影響を受けずに自身を複製し続けて、病変を形成する。
 腫瘍組織(腫瘍細胞の塊)は単一の細胞を起源とするにもかかわらず、その領域により腫瘍細胞がいくつかの別の性質をもつ(さまざまに分化する)ことがある。

 腫瘍組織を構成するのは腫瘍細胞だけでなく、非腫瘍性の構成要素(腫瘍細胞を支持する結合組織や血管、そして宿主由来の炎症性細胞浸潤など)を伴っている。
 腫瘍細胞を「実質」(parenchyma)、それに伴う非腫瘍性の構成要素を「間質」(stroma)という。

 実質と間質
 実質と間質

 腫瘍は良性腫瘍悪性腫瘍に分類される。
 良性腫瘍は、接尾語の-oma(腫)をつけることで命名される。
 悪性腫瘍では、上皮系の性質を持つものは「癌腫(carcinoma)」あるいは「癌(carcinoma)」、間葉系組織の性質を持つものは「肉腫(sarcoma)」、と呼ぶ。両者を総称してひらがなで「がん(cancer)」という使い方がされる。

 特殊な腫瘍として奇形腫(teatoma)がある。
 奇形腫とは全能性幹細胞に由来し、すべての胚葉由来の特徴を示す腫瘍であり、成熟ないし未熟な細胞や組織で構成される腫瘍である。卵巣、精巣、縦隔によく発生する。

 腫瘍ではない 「---腫 (---oma)」がいくつかあるので注意が必要である。
過誤腫 (hamartoma)
 過誤腫とは、その臓器や器官に固有の組織成分が無秩序に増殖した腫瘤のこと。出来損ない的な腫瘤病変である。
分離腫 (choristoma)
 分離腫とは、発生時に異所性に遺残した組織のこと。化生とは異なる。
肉芽腫 (granuloma)
 昔は、「肉芽組織の腫瘤」という意味で広く用いられた言葉だが、近年は類上皮細胞肉芽腫(類上皮細胞/マクロファージの集合した病変で、慢性炎症の時に見られる)のことのみを言うようになった。

腫瘍の病理組織学

腫瘍細胞の分化 (differentiation)

 腫瘍細胞の「分化 (differentiation)」とは、

腫瘍細胞が正常細胞に形態的、機能的にどの程度類似しているか、をいう。
 よく似ていると「高分化」、似なくなるにつれて「中分化」「低分化」と呼ぶ。分化が明確でないと「未分化」と呼ぶ。

 腺上皮に分化した悪性腫瘍は「腺癌」、腺上皮に分化した良性腫瘍は「腺腫」、扁平上皮に分化した癌は「扁平上皮癌」、尿路上皮(移行上皮)に分化した癌は尿路上皮癌(移行上皮癌)、平滑筋に分化した良性腫瘍は「平滑筋腫」、血管に分化した肉腫は「血管肉腫」などと、分化によって腫瘍は命名されることが多い。
 分化の不明な細胞で構成される腫瘍を「退行性(anaplastic)腫瘍」とか「未分化(undifferentiated)腫瘍」という。

良性腫瘍と悪性腫瘍

 悪性腫瘍は、(1) 周囲組織に浸潤・破壊する (2) 遠隔部位に移動する(転移する)、という2つの大きな特徴をもつ腫瘍と定義される。
 良性腫瘍は、逆に、(1) 周囲組織に浸潤・破壊しない (2) 遠隔部位に移動しない(転移しない)、というものを言う。

良性腫瘍と悪性腫瘍の増殖速度

 腫瘍は、際限のない無秩序な増殖を示すが、一般に、多くの良性腫瘍はゆっくり増殖し、悪性腫瘍の増殖は速い

良性腫瘍と悪性腫瘍の形態異常

 多くの場合、良性腫瘍に比べて悪性腫瘍は形態的な異常が大きくなる。細胞形態では、細胞や核の大小不同が目立ったり、細胞や核の形が不整だったり、核のクロマチンのパターンが荒かったり、核小体がめだったりする。構造も正常からの逸脱が目立つようになる。
 こうした構造の異常を「異型(atypia)」という。細胞の構造の異常を「細胞異型」、組織構造の異常を「構造異型」と呼ぶ。「悪性腫瘍は良性腫瘍に比べて細胞異型や構造異型が高度である」と表現される。

 異型
 子宮頚部の重層扁平上皮に分化した腫瘍病変。悪性になるほど正常な構造から逸脱していく。

 異型
 大腸の腺上皮に分化した腫瘍病変。核の大きさの程度、腺管構造の不整な様子が、腺腫(良性腫瘍)は軽度で、腺癌(悪性腫瘍)は高度である

悪性腫瘍と浸潤

 悪性腫瘍は周囲の組織に浸潤(invasion)する。「浸潤」とは、周囲組織に入り込むように増殖したり、周囲組織を破壊しながら増殖することである。
 良性腫瘍は圧排性に発育する(expanding growth)。周囲に線維性の被膜を作ることが多い。

良性腫瘍
浸潤性増殖する悪性腫瘍

 
 上皮内癌(carcinoma in situ)とは、本来の組織構造を乱さず、本来の健常上皮があるべき位置に存在する癌のことをいう。つまり、浸潤する前の癌のことである。「浸潤」と「転移」という悪性の証拠がなく、組織構築の異常もないこうした腫瘍組織は、細胞異型によって癌(悪性腫瘍)と判断される。

 上皮内癌

 dysplasia(異形成)とは本来「出来損ない」という意味の言葉である。一部の臓器で、悪性腫瘍ではないが良性腫瘍とも言い切れない腫瘍病変のことを、dysplasiaと呼ぶことがある。最近は、あまり用いられなくなってきた言葉である。

悪性腫瘍と転移

 転移(metastasis)とは、腫瘍が発生した場所から、離れた別の場所に移動して、そこに増殖巣を作ることをいう。転移をする能力を有することは上記の「浸潤性」と並んで、腫瘍が悪性であることを示している。
 悪性腫瘍が転移する経路はいくつかある。
(1) 体腔などの空間を移動する(「播種(dissemination)」
(2) リンパ管経由での移動(「リンパ行性転移」
(3) 血行を介した移動(「血行性転移」
 こうした経路によってがん細胞は転移する。

 「センチネル・リンパ節(sentinel lymph node)」とは、がんの病変部から流入するリンパ領域においてリンパ行性にがん細胞が最初に到達するリンパ節のことをいう。「センチネル・リンパ節」に転移がなければ「そのがんはリンパ節転移はおこしていない」といってよいと考えられている。

腫瘍の進行と異質性の発生

 腫瘍の進行(tumor progression)、つまり、時間がたつにつれて腫瘍の悪性度が増す現象がおこることが知られている。また、異質性(heterogeneity)が生み出されることがあり、1個の細胞を起源にした腫瘍が、浸潤能や増殖能など様々な特性をもつ異種の細胞で構成される状態となることがある。

がん幹細胞(cancer stem cell)

 がん組織の中ではすべての細胞が次々と細胞分裂するのではなく、「がん幹細胞」というものが一部に存在してそれらが細胞分裂して腫瘍組織を増大させているといわれている。乳癌では全体の2%以下が、急性骨髄性白血病(acute myeloid leukemia)では0.1~1.0%ががん幹細胞だといわれている。

癌の疫学

癌の発生頻度

 国立がん研究センターのがん統計のサイトからのデータである。

 日本では、2014年にがんで死亡した人は368,103例(男性218,397例、女性149,706例)。
 2012年に新たに診断されたがん(罹患全国推計値)は865,238例(男性503,970例、女性361,268例)。

2014年の死亡数が多い部位は順に
男性: 肺、胃、大腸、肝臓、膵臓  (大腸を結腸と直腸に分けた場合、結腸4位、直腸7位)
女性: 大腸、肺、胃、膵臓、乳房  (大腸を結腸と直腸に分けた場合、結腸2位、直腸9位)
計 : 肺、大腸、胃、膵臓、肝臓  (大腸を結腸と直腸に分けた場合、結腸3位、直腸7位)

2012年の罹患数(全国推計値)が多い部位は順に
男性: 胃、大腸、肺、前立腺、肝臓  (大腸を結腸と直腸に分けた場合、結腸4位、直腸5位)
女性: 乳房、大腸、胃、肺、子宮  (大腸を結腸と直腸に分けた場合、結腸3位、直腸7位)
計 : 大腸、胃、肺、乳房、前立腺  (大腸を結腸と直腸に分けた場合、結腸3位、直腸6位)

主要部位別の年齢調整率の近年の傾向
死亡
 男性
  増加: 膵臓
  減少: 食道、胃、直腸、肝臓、胆のう・胆管、肺、前立腺、甲状腺、白血病
  横ばい: 結腸、大腸(結腸および直腸)、悪性リンパ腫
 女性
  増加: 膵臓、子宮、子宮頸部、子宮体部
  減少: 食道、胃、直腸、肝臓、胆のう・胆管、甲状腺、白血病
  横ばい: 結腸、大腸(結腸および直腸)、肺、乳房、卵巣、悪性リンパ腫

罹患
 男性
  増加: 食道、膵臓、前立腺、甲状腺、悪性リンパ腫
  減少: 胃、肝臓、胆のう・胆管
  横ばい: 結腸、直腸、大腸(結腸および直腸)、肺、白血病
 女性
  増加: 食道、膵臓、肺、乳房、子宮、子宮頸部、子宮体部、卵巣、甲状腺、悪性リンパ腫
  減少: 胃、肝臓、胆のう・胆管
  横ばい: 結腸、直腸、大腸(結腸および直腸)、白血病

地理的および環境要因

 特定の地域で、特定のがんの発生頻度が上昇することがある。これは、特定の物質の暴露などの環境要因が関連している。
 発がんをもたらす化学物質がいろいろと知られている。直接作用物質と間接作用物質がある。こうした化学物質に暴露された地域で癌の発生頻度が上昇することがある。
 紫外線に発がん性があることが知られている。
 ウィルスや微生物による発がんが知られている。ウィルスでは、ヒトT細胞白血病ウィルス(ATLV)、ヒト乳頭腫ウィルス(パピローマウィルス、HPV)、エプスタイン・バー・ウィルス(EBV)、B型・C型肝炎ウィルスの感染を背景に悪性腫瘍の発生頻度が高くなることが知られている。また、細菌感染が長期にわたって持続する状態が発がんの頻度を上げることがあり、たとえば、ヘリコバクターピロリ菌感染による慢性胃炎から胃癌の発生率が高いことが知られる。こうしたものに感染した人が多い地域で、特定のがんが高頻度に発生することになる。

年齢

 一般に40歳以上でがんの発生頻度が高くなる。しかし、特別に小児に発生しやすいがんが存在する。

遺伝性のがん

 遺伝とがん発生に関係があることがある。

 1つの変異遺伝子の遺伝によって、その個体における腫瘍の発生リスクが著しく増加することがある。これらは、おおよそ常染色体優性遺伝を示す傾向にある。以下のような遺伝子に変異を持つと腫瘍の発生頻度が増加することが知られている。
 RB:網膜芽腫が発生しやすい
 p53:リ・フラウメニ症候群(多様な腫瘍が発生する)
 APC:家族性大腸ポリポーシス(大腸に多数の腺腫が発生し、そこから腺癌が発生しやすい)
 BRCA1, BRCA2:乳癌、卵巣癌が発生しやすい(女優のアンジェリーナ・ジョリーさんは乳癌及び卵巣癌に罹患しやすいBRCA1遺伝子変異を有している)
 MLH1, MSH2, MSH6, PMS2:リンチ症候群(子宮内膜癌、大腸癌、胃癌(日本)、腎盂・尿管癌、小腸癌などが発生しやすい)

 色素性乾皮症は、常染色体劣性遺伝で、DNA修復機能欠損によるDNAの不安定性をもつ。それにより、皮膚癌が発生しやすい病気である。発癌には日光暴露が関与している。

 家族性癌といわれるものがある。若年で癌が発生する、二親等以内の血縁で癌の罹患頻度が高い、しばしば両側性多発性の癌である、などを示す患者と家系が存在する。腫瘍が発生しやすい傾向にあるのは確かであるが、遺伝様式は明らかではないものを家族性癌と呼ぶ。

前癌病変(precancerous lesion)

 特定の「臨床症状」が悪性腫瘍の発生しやすい状態として知られており、「前癌病変」と呼ばれる。
 肝硬変に生じる肝細胞癌、子宮内膜増殖症に生じる子宮内膜癌、ヘリコバクター・ピロリ感染による慢性胃炎に生じる胃癌などが知られる。
 良性腫瘍は前癌病変か? という疑問があるが、一般的にはそうではない。しかし一部には、良性腫瘍から発生する悪性腫瘍が存在する。

がんの分子レベルの基礎

 致死的でない遺伝子損傷が発癌の主な原因となる。
 腫瘍塊は遺伝子損傷を受けた1個の細胞の増殖によって生じる(モノクローナル:単クローン性)。
 遺伝子損傷の基本的なターゲットは、調節遺伝子(分裂を促進する癌原遺伝子、分裂を抑制する癌抑制遺伝子、アポトーシスを制御する遺伝子、DNA修復遺伝子の4種類)である。
 発がんは多数の変異が集積することで生じる。発がんは表現型および遺伝子レベルでの多段階過程である。

 がんにはいくつかの特徴がある。それに沿って説明する。
 1. 増殖シグナルの自己充足
 2. 増殖抑制シグナルに対する不応性
 3. 細胞代謝の変化
 4. アポトーシスの回避
 5. 無限の複製能
 6. 持続的血管新生
 7. 組織浸潤と転移
 8. 宿主の免疫からの回避能力
 9. DNA修復不全による遺伝子の不安定性
 10. その他

正常な細胞増殖の制御

 ここで正常な細胞増殖の制御について説明する。

*成長因子(増殖因子)(growth factor)による活性化

 成長因子(増殖因子)(growth factor)と称されるタンパク質で細胞増殖は活性化される。

 成長因子やある種のサイトカインが細胞表面の受容体に結合して、その刺激が様々な経路で核に伝達され、細胞増殖が活性化される。細胞増殖や組織修復に関わる成長因子やサイトカインには以下のようなものが知られている。
 上皮成長因子(EGF)、トランスフォーミング増殖因子α(TGF-α)、肝細胞増殖因子(HGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、血小板由来増殖因子(PDGF)、線維芽細胞増殖因子-1, -2およびその他のファミリー(FGF-1, FGF-2)、トランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)、ケラチノサイト増殖因子(KGF-7)など。

 細胞表面受容体とシグナル伝達経路の概観
 受容体とシグナル伝達

*細胞周期の制御

 細胞増殖の鍵はDNA複製と細胞分裂である。この2つの過程を「細胞周期(cell cycle)」という。細胞周期は、合成前期(G1)・DNA合成期(S)・分裂前期(G2)・細胞分裂期(M)からなる。分裂しない細胞は、G1の制限ポイントで停止しているか細胞周期の外(静止期(G0))にいる。細胞周期の進行は、一度制限ポイントを越えるとどんどん進行するが、サイクリン依存性キナーゼ(CDKinase:酵素)とサイクリン(cyclin)と呼ばれるタンパク質の複合体によって調整される。サイクリン依存性キナーゼはサイクリンと結合することで活性化する。サイクリンにはサイクリンD、サイクリンE、サイクリンA、サイクリンBが、サイクリン依存性キナーゼには15以上の種類があること知られる。G1/Sの間とG2/Mの間に、DNA損傷の有無などのチェックが行われるポイントがある。

 細胞周期

1. 増殖シグナルの自己充足:

 正常な細胞では細胞増殖は成長因子に反応して促進されるが、がん細胞では自律的に細胞増殖が続いていく。
 「癌遺伝子(oncogene)」とは、癌細胞において自律性の細胞増殖を促進する遺伝子のことである。変異がおこる部分の元の遺伝子を「癌原遺伝子(proto-oncogene)」という。

 正常な細胞増殖は以下のようにおこっている。
 増殖因子が受容体と結合する。受容体が一時的に活性化して、シグナル伝達タンパク質を活性化する。シグナルが核に伝わる。核内の転写制御因子が誘導・活性化される。細胞は細胞周期を開始し、細胞分裂にいたる。
 がん細胞でおこっている異常を、これらの各段階に沿って、以下にまとめる。

成長因子(増殖因子)の異常

 がん細胞自身が、自己が受容できる増殖因子を産生する能力があることがある。
 神経膠芽腫では、腫瘍が血小板由来増殖因子(PDGF)を分泌し、血小板由来増殖因子(PDGF)の受容体を発現する。多くの肉腫では、トランスフォーミング増殖因子α(TGF-α)を産生し、その受容体を発現している。

成長因子受容体の異常

 成長因子受容体の過剰発現により、成長因子の濃度が低くてもがん細胞は増殖シグナルを核に送り続けるようになる。
 上皮成長因子受容体(Epidermal Growth Factor Receptor:EGFR)の過剰発現がいろいろな癌で認められる。EGFRは、チロシンキナーゼ型受容体である。扁平上皮癌の80%、神経膠芽腫の50%以上で過剰発現が認められる。
 同じチロシンキナーゼ型受容体であるErbB2(HER2/NEU)が過剰発現する乳癌や胃癌がある。それらは抗HER2/NEU抗体を用いて受容体をブロックすることによって増殖を抑えられることから、抗HER2/NEU抗体による治療が行われている。

シグナル伝達タンパク質の異常

 がん細胞では、受容体の下流のシグナル伝達経路を構成する種々の成分をコードする遺伝子の変異が認められる。

 RASは、ヒトの腫瘍において最もよく変異のみられる癌原遺伝子である。ヒトではRASは、HRAS, KRAS, NRASの3種類が主なものである。RASは細胞膜の内側にあって、増殖因子が受容体に付着すると活性化し、RAF-MAPキナーゼ経路(RAF/MEK/ERK伝達経路)を活性化する。正常では活性化状態は長く続かない。しかし、RAS遺伝子が点突然変異をおこし不活性化しないようになると、活性化を続けるRASはRAF-MAPキナーゼ経路を活性化し続け、細胞は永続的に細胞分裂を強いられる。
 HRASの変異は膀胱癌、腎癌、甲状腺癌で、KRASに変異は肺癌、大腸癌、膵癌で、NRASの変異は造血器腫瘍や悪性黒色腫で認められることが多い。

 RASの下流のシグナルの伝達での異常もいくつか知られている。
 RAFファミリーのひとつであるBRAFの変異がhairly cell leukemiaで100%、悪性黒色腫の60%で見られる。
 PI3Kファミリーの変異がいくつかの癌腫でみられる。たとえば乳癌の30%で見られる。
 PI3K/AKT経路を抑制しているPTENの異常があると細胞増殖に対する抑制が効かなくなる(PTENは癌抑制遺伝子ということになる)。

 RASシグナル伝達経路

 ABLの遺伝子は、最初、abelson murine leukemia virus (A-MuLV)がネズミ正常細胞をがん細胞に変化させる時に働くv-Abl遺伝子のホモログとして9番染色体(9q34.1)に見つかった(正式にはABL proto-oncogene 1, non-receptor tyrosine kinase)。このABL proto-oncogene 1は、細胞分裂や接着や分化やストレスに対する反応に関与するチロシンキナーゼをコードしているが、正常では抑制され、発現しないように制御されている。
 慢性骨髄性白血病(chronic myelogenous leukemia, CML)の時には、9番染色体と22番染色体が相互転座しており、転座によってBCR-ABL融合タンパク質が作られる。この異常なタンパク質は強力な制御の効かないチロシンキナーゼ活性を持ち、RASの下流のすべてのシグナルを活性化し、細胞増殖を促進する。
 慢性骨髄性白血病に対して、このBCR-ABL融合タンパク質のキナーゼ活性を薬(イマチニブ)で阻害することにより、腫瘍の異常増殖を止めることができるようになった。

 慢性骨髄性白血病

核内転写因子

 MYCタンパク質は、正常では、休止期の細胞が分裂促進シグナルを受け取ると急速に産生され、そして細胞分裂開始時には元に戻る。癌遺伝子化したMYC遺伝子は恒常的にあるいは過剰に発現して、癌細胞に持続的な細胞分裂をもたらす。

 サイクリンとサイクリン依存性キナーゼ(CDK)は、正常では、サイクリンがCDKを活性化し、CDK阻害因子が抑制をかけるように働き、細胞周期の進行を制御している。これらの異常がおこると、細胞周期の制御不全に陥る。
 マントル細胞リンパ腫はcyclin D1の核内発現が特徴的である。

2. 増殖抑制シグナルに対する不応性:

「癌抑制遺伝子(tumor suppressor gene)」とは、正常では、細胞周期を抑制的に制御し、細胞分裂を阻害しているタンパク質をコードしている遺伝子である。がん細胞において、その遺伝子の変異による生成物の不全によって細胞周期が抑制されず細胞増殖が促進されることがある。

網膜芽腫RB遺伝子:
 網膜芽種(網膜芽細胞腫 retinoblastoma)は、乳幼児の網膜(眼球内)に発生する腫瘍である。網膜芽種の細胞には13番遺伝子長腕にあるRB遺伝子の欠失あるいは変異が2本の染色体上に見られる。網膜芽腫の患者の40%(両眼性すべてと片眼性の10~15%)は遺伝性で、すべての体細胞に1本のRB遺伝子に欠失あるいは変異がある。遺伝的に1本のRB遺伝子の変異をもった患者は、もう1本のRB遺伝子の変異が起こることで網膜芽種が発生する。網膜芽腫の患者の残り60%では、遺伝的には体細胞の2本のRB遺伝子は正常なのだが、2本に変異をおこすことによって網膜芽種が発生したと考えられる(two-hit説)。遺伝性のない場合は必ず片眼性である。
 正常では、RB遺伝子はRBタンパク質(DNA結合タンパク質)をコードしており、これは細胞周期のG1期を制御している。G1期初期には、低リン酸化活性型RBタンパク質は、E2F転写因子と結合しており、ヒストン脱アセチル化酵素, ヒストンメチル基転移酵素を動員することでE2F遺伝子の転写を阻害している。その結果E2F遺伝子が支配しているサイクリンE(そのほかサイクリンA、CDK2など)の遺伝子の発現が阻害され、DNA複製が起こらず、細胞周期は停止することになる。
 増殖因子などによる増殖促進シグナルが伝達されると、サイクリンDの発現とサイクリンD-CDK4複合体とサイクリンD-CDK6複合体の活性化が誘導される。これら複合体は、RBタンパク質をリン酸化して、低リン酸化活性型RBタンパク質を高リン酸化不活性型RBタンパク質にする。高リン酸化不活性型となったRBタンパク質はE2F転写因子から解離する。RBタンパク質から離れたE2F転写因子はE2F遺伝子の転写を活性化させ、サイクリンEなどの遺伝子の発現を誘導する。サイクリンEが発現すると細胞周期はG1からS期に進み、DNA複製が開始される。M期になると、高リン酸化不活性型RBタンパク質は脱リン酸化酵素により再び低リン酸化活性型RBタンパク質となる。

 RB遺伝子の働き

 細胞分裂を抑制する働きをもつRBタンパク質の異常は、無制限な細胞増殖をもたらし腫瘍化の要となる。
 また、RBタンパク質に異常がなくても、上記のRBタンパク質のリン酸化を制御するタンパク質をコードする遺伝子の変異でも、G1期からS期へ移行への制御不全がおこり、無制限な細胞増殖と腫瘍化がおこる。

 ほぼすべてのがんで、この部分の4つの主要な制御因子(CDKN2A(p16), サイクリンD, CDK4, RB)のうち少なくとも1つに変異がみられる。

p53癌抑制遺伝子:
 正常なp53遺伝子の機能を3つ挙げると、1) 一時的な細胞周期の停止(休止期)  2) 永久的な細胞周期の停止(老化)の誘導  3) アポトーシスの誘導、である。p53は、DNA損傷、低酸素などのストレスに反応して活性化される。活性化したp53はRBタンパク質のリン酸化を阻止し低リン酸化活性型とし、p21の転写を促進して、細胞周期を停止させる。細胞周期が停止されると、DNA損傷の修復が行われるのだが、修復できない場合、p53は老化やアポトーシスを誘発する。
 p53の機能不全で、増殖制御不全から異常な細胞増殖をきたすこととなる。
 がん細胞において、遺伝子変異のある異常なp53が産生されてもそれはちゃんと機能しないため、フィードバックによってさらに異常なp53が産生される状態がおこることがあり、そうした場合、がん細胞で異常なp53の過剰産生がみられることとなる。

TGF-β(トランスフォーミング増殖因子-β)経路:
 正常なTGF-βは、増殖抑制シグナルのなかのひとつである。細胞表面にあるI型、II型のTGF-β受容体をもつ複合体に結合する。すると、増殖抑制能をもつCDKIの転写促進がおこり、c-MYC, CDK2, CDK4, サイクリンA, サイクリンEなどの増殖を促進させる遺伝子の発現を抑制する。
 TGF-βの経路にかかわる遺伝子に変異が生じることで細胞増殖抑制作用が損なわれる。TGF-β受容体の変異(大腸、胃、子宮内膜)、TGF-βシグナルを伝えるSMAD遺伝子の変異(膵)が知られる。

APC-βカテニン経路:
 APCの変異・欠失は家族性大腸腺腫性ポリポーシス(adenomatous polyposis coli: APC)で見られる異常である。
 正常のAPC遺伝子がコードするタンパク質(APC)は、細胞質内のβカテニンの量の調節をしている。βカテニンは多くの機能を持つが、E-カドヘリンに結合する機能、核へ移行して細胞増殖を促進する作用を持つ。βカテニンは核へ移行して細胞増殖を促進する作用を持つが、APCを含む巨大分解複合体が作られてβカテニンを分解して、βカテニンの細胞質内濃度を下げている。WNT protein(ウィントタンパク質:分泌性糖タンパク質で、細胞増殖を促進させる)がWNT受容体に結合すると、この巨大分解複合体は不活化されてβカテニンの分解はおこらず、βカテニンは核内に移動して、細胞増殖を促進する。
 腫瘍において、APCが欠失すると、巨大分解複合体が形成できず、βカテニンの分解が起きない。そうなると、WNTシグナル経路に持続的に刺激されているかのようになり、細胞増殖が促進される。家族性大腸腺腫性ポリポーシスだけでなく、非遺伝性の大腸癌の癌細胞の7-8割にAPC遺伝子の変異があること、変異が非常に小さな腫瘍から生じていること、などから、APCは大腸癌発生のもっとも初期の段階に関与する癌抑制遺伝子と考えられている。

 APC遺伝子異常

3. 細胞代謝の変化

 多くのがん細胞は、有酸素下でも、ミトコンドリアの酸化的リン酸化(好気的代謝)よりも解糖系(嫌気的代謝)によってグルコースを使ってATPを産生している。ワールブルグ効果(好気的解糖)と呼ばれる。

 イソクエン酸脱水素酵素(IDH)の変異を持つがんがある(胆管癌、グリオーマ、急性骨髄性白血病、肉腫)。
 変異したIDHは、イソクエン酸脱水素酵素としての機能を失い、2ヒドロキシグルタル酸(2-HG)の産生を触媒する活性を持つようになる。異常に産生された2-HGはTET2(TETファミリー)を阻害する。TET2はDNAのメチル化を制御する因子の1つであり、TET2が阻害されると、DNAが異常なパターンでメチル化されることとなる。
 異常なパターンのメチル化が、形質転換や発がんを促す可能性がある。
 脳腫瘍のひとつである神経膠腫(グリオーマ)や膠芽腫などではIDHの異常の有無で組織分類がなされている。

4. アポトーシスの回避:

 bcl2が腫瘍細胞をアポトーシスから守る機構となる(bcl2ファミリータンパク質は、正常ではアポトーシスのおこる経路に重要な役割を果たしている)。濾胞性リンパ腫でのbcl-2の過剰発現がみられる。

5. 無限の複製能(細胞老化の克服と分裂の終焉の回避):

 正常な体細胞では遺伝子末端にある繰り返し配列であるテロメアの一部が複製されないままに分裂していく。そのため、分裂するたびにテロメアは短縮していく。テロメアが極端に短くなった場合、細胞周期を停止するシグナルが伝わる。テロメアを伸張させるテロメダーゼは、生殖細胞で認められ、幹細胞でわずかに間質される程度であり、ほとんどの正常な体細胞では認められない。つまり、正常な細胞はがん細胞のように永続的に細胞分裂を続けることはできない。
 がん細胞は永続的に細胞分裂をし、細胞増殖し続けるが、がん細胞のテロメアの長さはほどんどすべてのタイプのがんで短くはならない。癌細胞の85-95%ではテロメアーゼの発現上昇によりこれを実現している。テロメアーゼによらずにテロメアの長さを維持する機構を用いるがん細胞も少数存在する。
 大腸腺腫ではテロメアーゼの発現量は低いが、大腸癌ではテロメアーゼの活性は亢進されている。

6. 持続的な血管新生:

 がん細胞による血管新生の詳しいメカニズムは不明である。
 血管内皮増殖因子(VEGF)の転写はRAS/MAPキナーゼ経路によるシグナルによって影響を受けており、RASやMYCが変異した癌遺伝子によってVEGF産生が増加することが知られている。
 がん細胞の増殖スピードに比して血管新生が不十分だと腫瘍は虚血性壊死に陥る。増殖の速い(悪性度の高い)腫瘍の結節病変の中心部で、がん細胞が虚血性の壊死に陥っていることがある。
 現在、がんに対する血管新生阻害療法として、ペバシズマブ(VEGF活性を中和する抗体)が使われている。

7. 浸潤と転移能:

悪性腫瘍が浸潤・転移をする仕組みに関しては、さまざまな研究が行われ、いくつかのモデルが考えられているが、まだすべてを説明する明確な答えはでていない。
 悪性腫瘍が血管やリンパ管に侵入するところまで、と循環から転移先に生着するまで、が分けて考えられている。
 癌(上皮性悪性腫瘍)が浸潤するには、基底膜を越える、細胞外マトリックス内での移動、が必要である。さらに、血管・リンパ管内への侵入、血流・リンパ流にのった移動、血管壁への着床と血管外への侵入、他所での間質を伴った発育、という各段階でのメカニズムが研究されている。

 ある癌が、特定の臓器に転移しやすいことがある。それを決めるのにいくつかの要素がある。
(1) 原発腫瘍の解剖学的位置と脈管の走行
 消化管の癌が血行性に転移する場合。静脈血は門脈を経てまず肝臓を通過するため、肝臓に最初に転移巣が出現することが多い。
 リンパ行性に転移する場合には、リンパの流れに沿って転移巣が出現する。原発巣から最初にリンパ液が流れ込むリンパ節を「センチネルリンパ節」と呼び、このリンパ節に最初の転移巣が出現するとされている。
2) がんの特定臓器に対する指向性
 胃癌の場合、乳頭腺癌や低分化腺癌(por1)は血行性に肝転移しやすく、印環細胞癌や低分化腺癌(por2)は腹膜播種をしやすいことが知られる。

 「がんの休眠状態」ということのが知られており、これは、悪性腫瘍が切除、治療された後、何年もたってから(休眠状態を経て)局所あるいは転移部に腫瘍が再発することをいう。

8. 宿主の免疫からの回避能力

がん免疫
 がん細胞では宿主の免疫を刺激するいろいろな抗原が発現している。
 がん細胞に抗原性があるにもかかわらず、免疫応答の効果なくしっかり生着するがんがある。後天的な変化によって宿主のがん細胞に対する免疫応答を回避しているがんがいくつか知られている。

がん細胞に対する免疫応答
 がん細胞に対する免疫応答はTリンパ球が主体となる。
 抗原提示細胞が死んだがん細胞の破片を貪食し、CD8(+)細胞傷害性Tリンパ球にMHCクラスIを介して抗原を提示する。活性化したCD8 (+)細胞傷害性Tリンパ球ががん細胞を認識してアポトーシスに陥らせる。
 抗原提示細胞が死んだがん細胞の破片を貪食する。CD4(+)ヘルパーTリンパ球(Th1)にMHCクラスIIを介して抗原を提示する。活性化したCD4(+)ヘルパーTリンパ球(Th1)がIFNγなどのサイトカインを分泌してマクロファージを活性化する。活性化したマクロファージががんの破壊に貢献する。
 「腫瘍凍結免疫」といって、悪性腫瘍の組織を体内で凍結壊死させた時に、腫瘍細胞に対する免疫反応がおこることがあり、腫瘍病変が縮小することがあることが知られている。

PD-L1について
 PD-L1はがん細胞の細胞膜上にしばしば発現している。
 PD-L1はCD8(+)細胞傷害性Tリンパ球上の受容体PD-1と相互作用し、その結果、CD8(+)細胞傷害性Tリンパ球は非応答性となってがん細胞を殺傷する能力を失う。そうしてがん細胞は免疫応答から逃れることが出来る。
 そこで、PD-L1やPD-1をブロックする抗体を使うと、CD8(+)細胞傷害性Tリンパ球ががん細胞に対して免疫応答するようになり、がん細胞が殺傷されるようになる。こうした抗体が抗癌治療に用いられている。
 PD-L1受容体は免疫担当細胞以外にも広く分布しており、同一の細胞に受容体とリガンドが発現している。

9. ゲノムの不安定性:

 正常では、傷害されたDNAを修復する機構が働いている。DNA修復には、ミスマッチ修復(G-T → A-T)、ヌクレオチド除去修復、組み換え修復などがある。
 DNA修復タンパク質に遺伝的欠陥を持ってしまった個体は、DNAの傷害が修復されず、遺伝子変異が残りやすく、その結果として発癌の危険率が非常に高くなる。

リンチ症候群(遺伝性非腺腫性大腸癌症候群(HNPCC syndrome)):
 5つのミスマッチ修復遺伝子(MSH2, MSH6, MLH1, PMS1, PMS2)のうちの1つに異常があり、それが遺伝する疾患。遺伝子変異(発癌)が生じやすい個体となる。さらに、ゲノムの至るところに存在するマイクロサテライトと呼ばれる単純なDNAの反復配列の長さが不安定となる(マイクロサテライトの不安定性)。

色素性乾皮症 :
 常染色体劣性遺伝。1/22,000人(日本に300~600人)。露光部の皮膚にしみが生じる、皮膚が乾燥する、激しい日焼けの反応をしめす、などの症状がでる。皮膚癌が非常に発生しやすい。いくつかあるヌクレオチド除去修復機構に関わるタンパク質の1つが機能喪失している。

相同組み換え修復機構の障害:
 BRCA1, BRCA2の異常があると乳癌、卵巣癌の発生リスクが高いことが知られる。これは相同組み換え修復機構の障害に関係していると推定されている。女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが持つ変異である。

10. その他の癌の特徴

多段階発癌

 どんながんも多様な変異を積み重ねた結果として生じている。
 乳癌と大腸癌のゲノム解析によって、1つの癌は平均90個の遺伝子変異をもつことが明らかになっている。

たとえば大腸癌の場合は以下のような遺伝子変異の蓄積によって発がんに至るとされている。
低異型度腺腫: APC-βカテニン経路の異常 
高異型度腺腫: K-RASの変異
腺癌: COX-2過剰発現、SMAD2の変異、AMAD4の変異、P53の変異

膵癌では以下のような遺伝子変異が見られる。
 K-RASは最も高頻度に変異が認められる癌遺伝子であり、p16は膵癌で最も高頻度に不活化されている癌抑制遺伝子である。SMAD4(正常機能は細胞増殖抑制とアポトーシス促進)は膵癌の55%で不活化されている。p53は50~70%で不活化がおきている。

肺癌では以下のように多数の遺伝子変異が存在する。
 小細胞癌:RB変異 (>90%), TP53(p53)変異 (>90%), MYC増幅 (20-30%)。
 腺癌:EGFR変異 (10-45%), EGFR増幅 (5-10%), KRAS変異 (5-35%), TP53(p53)変異 (30-50%), MYC増幅 (5-10%), ALK再構成 (5%), ROS1再構成 (1-2%), RET再構成 (1-2%)。
 扁平上皮癌:RB変異 (5-15%), TP53(p53)変異 (50-60%), MYC増幅 (5-10%), FGFR1(Fibroblast growth factor receptor 1)増幅 (15-25%)。

核型の変化

 特徴的な染色体異常が見られる腫瘍がある。
転座: t(22:9)(フィラデルフィア(Ph)染色体)BCR-ABLの再構成は慢性白血病でみられる。
欠失: 17p, 5q, 18qの欠失が大腸癌でみられる。
遺伝子増幅:N-MYCの遺伝子増幅が神経芽細胞腫で、HER2/neuの遺伝子増幅が乳癌でみられる。

マイクロRNA(miRNA)とがん

 タンパク質をコードする遺伝子を「構造遺伝子」というが、タンパク質をコードしない遺伝子が多数存在する。そのひとつに、マイクロRNA(miRNA)と呼ばれる小さなRNA分子をコードする遺伝子がある。ヒト遺伝子全体の約3%, 1000個ほどが知られる。miRNAは、特定の伝令RNA(mRNA)を標的として、その翻訳を抑制したり、切断したりして、遺伝子発現を抑制する働きを持つ。
 実験ツールとして合成される低分子干渉RNA(siRNA:small interfering RNA)というものがあって、これは21-23塩基対から成る低分子二本鎖RNAである。siRNAは伝令RNA(mRNA)を破壊するので配列特異的に遺伝子の発現を抑制することが出来る。これはRNA干渉(RNAi)と呼ばれ、いろいろな実験で用いられている。
 特定のmiRNAが異常亢進している脳腫瘍、乳癌が知られており、また特定のmiRNAが低値あるいは欠失している白血病やリンパ腫がある。

エピジェネティックな変化
 エピジェネティックな変化とは、「DNA塩基配列の変化を伴わない細胞分裂後も継承される遺伝子発現あるいは細胞表現型の変化」のことである。ある種の癌抑制遺伝子がプロモーター領域の過剰なメチル化によって不活化されることがある。この場合、DNA塩基配列の変化はないが、この癌抑制遺伝子は正常には機能しない状態となる。この過剰なメチル化は細胞分裂後も継承される。

がんの病因

 化学発がん物質がいろいろと知られている。直接作用物質と間接作用物質が知られている。
 放射線(紫外線)に発がん性があることが知られている。
 ウィルスや微生物による発がんが知られる。ヒトT細胞白血病ウィルス(ATLV)、ヒト乳頭腫ウィルス(パピローマウィルス、HPV)、エプスタイン・バー・ウィルス(EBV)、B型・C型肝炎ウィルスの感染を背景に悪性腫瘍の発生頻度が高くなることが知られている。また、細菌感染が長期にわたって持続する状態が発癌の頻度を上げる。ヘリコバクターピロリ菌感染による慢性胃炎から胃癌の発生率が高いことが知られる。

がんの全身への影響

悪液質(cachexia):
 がんの患者で、徐々に脂肪が減少して体重が減り、深刻な衰弱、食欲不振、貧血がおこることを悪液質(cachexia)という。がんの大きさが大きく、広がりが広いほど、悪液質は重症になる傾向がある。詳細は不明だが、がんの栄養要求による栄養低下や食欲不振による食事摂取の低下によるものではなく、がん細胞に反応したマクロファージの活性化やがん細胞がつくるサイトカインが悪液質をおこしていると考えられている。

腫瘍随伴症候群:
 腫瘍が存在することによって、高カルシウム血症(癌の副甲状腺ホルモン関連タンパク質(PTHrP)産生による)、クッシング症候群(癌のACTH様物質産生による)、非細菌性心内膜炎(進行癌による血液凝固亢進による)などがおこることがある。がんに伴う血液凝固能亢進によって発生する脳梗塞はトルソー症候群と呼ばれている。

TNM分類(悪性腫瘍の進行度の分類)

 悪性腫瘍の局所進行度(T)、リンパ節転移の程度(N)、遠隔転移の有無(M)を示す分類がTNM分類である。
 TNMの程度の組み合わせでstage 1,2,3,4 が決定される。
 stage 1は予後が良く、stage 4は予後が悪いように設定されている。
 悪性腫瘍は、各臓器ごとに、あるいは腫瘍ごとにTNM分類が規定されている。

腫瘍の分子診断

 腫瘍の診断は古典的な形態診断だけでなく、遺伝子解析的な手法を用いて診断するようになっている。以下にいくつかの例を挙げる。
 TCRとIgHの再構成の検索によって、単クローン性(腫瘍性)か多クローン性(反応性)かを同定する。
 遺伝子の特定の転座を検出することで、腫瘍の分類をする。慢性骨髄性白血病のBCR-ABL融合遺伝子、ユーイング腫瘍の(11;22)(q24;q12)による22番染色体上EWSR1と11番染色体上のFLI1の融合など。
 予後と悪性度の判定に特定の遺伝子増幅などを用いる。
 微小残存病変を検出する。血中のBCR-ABL融合遺伝子を検出して慢性骨髄性白血病の腫瘍細胞の残存を調べる。癌の遺伝子素因(BRCA1など)を検出して予防に役立てる。
 治療薬の選択のために特定の遺伝子変異を検出する。セリン/ヌクレオニンキナーゼBRAFの600番目のバリンがグルタミン酸への変異(V600E変異)をもった悪性黒色腫ではBRAF阻害薬が効くが、この変異がない悪性黒色腫では効かない。

[2020.6.]


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