Website of Pathology
by Makoto Mochizuki, M.D., Ph.D.


環境と栄養の障害

 人間は、生活する外部環境から影響を受けて様々な疾患を発症する。
 ここでは、主に非生物的な原因についてまとめる。
 また、栄養的な原因による疾患についても、ここでまとめる。

環境化学(汚染)物質

大気汚染

 大気中の汚染物質を吸引することで障害をおこすことがある。
オゾン:
 窒素化合物が太陽光で反応して形成される酸素の同素体(O3)。強力な酸化力を持ち高濃度では猛毒である。光化学スモッグといわれる。微粒子と窒素化合物の混合したものがスモッグである。
亜硫酸ガス:
 二酸化硫黄である。火山活動や工業活動により産出される。石炭や石油は多量の硫黄化合物を含んでおり、石炭や石油が燃焼することで硫黄化合物が発生する。四日市喘息の主成分である。
一酸化炭素:
 炭素の不完全燃焼で発生する。中枢神経抑制をきたす。「一酸化炭素ヘモグロビン」による低酸素状態をおこす。一酸化炭素は酸素よりもヘモグロビンへの結合力が約250倍強く、酸素とヘモグロビンの結合を阻害するため、全身の低酸素状態をきたす。空気中における濃度が0.02%(200ppm)に上昇すると頭痛などが起こりはじめる。

金属

 金属摂取によって障害をきたすことがある。
鉛中毒
 小球性貧血、小児脳障害、成人末梢神経障害、腎近位尿細管障害、腹痛などをきたす。)
水銀中毒
 水俣病。胎内暴露した子供に発生する中枢神経系障害。
砒素
 ルネッサンス期のイタリア(ボルジア家とメディチ家)で好んで用いられた毒である。日本では昔から「石見銀山ねずみ捕り」などと呼ばれ殺鼠剤や暗殺などに用いられた。ヒ素化合物鉱床によって井戸や河川が汚染され、地域住民が慢性砒素中毒になることがあり、チリ、アルゼンチン、バングラデッシュ、中国奥地、中東の一部など、各地で問題となった。急性中毒では、腹痛、下痢、心臓不整脈、ショック、呼吸障害、脳障害をおこし、重症の場合は死亡の原因となる。少量を長期に摂取した時におこる慢性中毒では、皮膚色素沈着、角化症がみられるのが特徴であり、これらは皮膚の基底細胞癌や皮膚の扁平上皮癌の発生の誘因となる。対称性の末梢感覚障害もおこる。また、肺癌の頻度も上昇する。
カドニウム
 イタイイタイ病。閉塞性肺疾患、尿細管障害による腎疾患と腎疾患に伴う骨粗鬆症・骨軟化症。

その他の化学物質

 有機溶剤、多環式炭化水素、有機塩素化合物(DDT(殺虫剤)、ポリ塩化ビフェニル(PCB))やダイオキシン)、鉱物粉塵(炭粉、シリカ、アスベスト、ベリリウム)など。

日本の四大公害病:

1. 水俣病(水銀)
 メチル水銀を含む新日本窒素肥料株式会社の工場廃液が原因。
 食物連鎖によってメチル水銀が魚に蓄積されヒトに及ぶ。
 脳神経細胞が破壊され中枢神経障害がおこる。重症例では、まず口のまわりや手足がしびれ、やがて言語障害、歩行障害、求心性視野狭窄、難聴などの症状が現れ、それが徐々に悪化して歩行困難などに至る。

2. 新潟水俣病(水銀)
 メチル水銀を含む昭和電工の廃液が原因で、新潟県阿賀野川下流域で発生。

3. イタイイタイ病
 カドニウム。岐阜県の三井金属鉱業神岡事業所(神岡鉱山)による鉱山の製錬に伴う未処理廃水により、神通川下流域の富山県で発生した。水・土壌汚染による米・野菜の汚染で人に及んだ。
 多発性近位尿細管機能異常症と骨軟化症(全身の骨痛)。

4. 四日市ぜんそく
 工場の排煙・スモッグが原因の喘息。

5. カネミ油症事件
 この事件を加えて五大公害病とすることがある。
 1968年に、ポリ塩化ビフェニル(PCB)やPCBを加熱してできるダイオキシンなどが混入した食用油を摂取した人々に障害等が発生した。主として福岡県、長崎県を中心とした西日本一帯の食中毒事件。
 皮膚の色素沈着やざ瘡(にきび)様皮疹、頭痛、手足のしびれ、肝機能障害など。

喫煙

 タバコの煙に含まれる有害な化学物質の数は膨大である。ニコチンはタバコ関連の疾患の直接の原因にはならないが中毒性がある物質である。多環性芳香族炭化水素やニトロソアミン、それにタールやベンゾピレンに発がん性が知られている。
 喫煙は、肺癌の原因となるとされる。パイプ喫煙や噛みタバコは口腔癌の原因とされる。慢性肺疾患・肺気腫、粥状硬化症・心筋梗塞の発症と関連している。胎児の子宮内発育遅延が妊娠期間中の母親の喫煙でおこる。
 受動喫煙が社会的に問題となっている。

アルコール依存

 アルコールが組織を傷害するメカニズムは完全には解明されていない。
 「アルコールの過剰摂取」により、下記のような臓器障害がおこることが知られている。

 肝臓:肝細胞傷害(脂肪肝、アルコール性肝炎)
 膵臓:急性膵炎、慢性石灰化性膵炎
 心臓:拡張型心筋症
 骨格筋:筋力低下
 内分泌系:男性における性機能障害
 消化管:逆流性食道炎(胃酸の過剰分泌)
 血液:巨赤芽球性貧血(葉酸不足)
 骨:骨粗しょう症
 免疫系:感染症にかかりやすい
 神経系:大脳皮質萎縮。栄養障害によるWernicke脳症、橋中心髄鞘崩壊、小脳中部上面の萎縮など
 癌のリスクを増大させる(口腔、喉頭、食道)

薬物乱用

 コカイン、ヘロイン、マリファナ、LSDなど。日本では乱用者は少ない。

医原性薬物傷害

 治療薬として用いられる使用方法で発生する有害な作用を副作用(adverge drug reaction)という。薬物にはそれぞれ副作用が知られており、医療者は薬を患者に処方する時にはその薬の副作用を知り、必要ならば患者に説明する必要がある。

性ホルモン

 外因性エストロゲンはホルモン補充療法で用いられる。副作用として、卵巣癌・子宮内膜癌・乳癌の発生リスクが増加する。また、血栓塞栓症のリスクが2倍となる。
 経口避妊薬では、血栓塞栓症が増加し、肝細胞腺腫が発生する背景となる。

外傷・熱・放射線・電撃など

 外傷は、擦過傷(擦り傷)、打撲傷(打ち傷)、挫裂創、切傷(切り傷)、刺傷(刺し傷)などに分類される。

 熱、放射線、電撃などが、人体に傷害をおこす。標高に関する病気が知られる。

栄養障害

タンパク質-エネルギー失調症

 タンパク質-エネルギー失調症(protein-energy malnutrition, PEM)には2つの極端な病態がある。

 マラスムス(marasmus)は、すべての栄養素が不足した病態であり、縮んだ老人様の子供となる。

 クワシオルコル(kwashiorkor)は、タンパク質が炭水化物の量に比して不足する病態であり、皮下脂肪正常、高度の浮腫、肝腫大(脂肪肝)、皮膚・毛髪の色素脱失、皮膚病をきたす。

ビタミン欠乏症

 ビタミン(vitamin)とは、生物の生存・生育に微量に必要な栄養素のうち、炭水化物・タンパク質・脂質以外の有機化合物のことをいう。ヒトのビタミンは13種が認められている。
 下記のように、欠乏した場合の病態が知られている。

ビタミンA欠乏症
 夜盲症、眼球乾燥症(結膜乾燥症~ビトー斑、角膜潰瘍~角膜軟化症)、上気道や尿路の扁平上皮化生

ビタミンB1(チアミン)欠乏症(脂溶性ビタミン)
 脚気、ウェルニッケ脳症

ビタミンB2(リボフラビン)欠乏症
 口唇炎、口内炎、舌炎、皮膚炎

ビタミンB3(ナイアシン)欠乏症
 ペラグラ(認知症、皮膚炎、下痢)

ビタミンB5(パントテン酸)欠乏症
 通常の食生活では欠乏症になることは少ない。
 成長障害、副腎障害、手足のしびれと灼熱感、頭痛

ビタミンB6(ピリドキシン)欠乏症
 口唇炎、舌炎、皮膚炎、多発末梢神経炎

ビタミンB7(ビオチン、ビタミンH)欠乏症
 通常の食生活では欠乏症になることはない。

ビタミンB9(葉酸、ビタミンM)欠乏症
 巨赤芽球性貧血

ビタミンB12欠乏症
 巨赤芽球性貧血、亜急性連合脊髄変性症(脊髄の後柱と側柱の変性)

ビタミンC(アスコルビン酸)欠乏症
 壊血病(コラーゲン形成障害~出血傾向・類骨基質の不完全形成・創傷治癒の障害)

ビタミンD欠乏症(脂溶性ビタミン)
 くる病(子供)、骨軟化症(大人)

ビタミンE欠乏症(脂溶性ビタミン)
 脊髄小脳変性症

ビタミンK欠乏症(脂溶性ビタミン)
 出血性下痢

肥満

 肥満は糖尿病、高血圧、非アルコール性脂肪性肝炎、胆石症などの罹患率の上昇と関連する。
 日本では、ウエスト周囲径(おへその高さの腹囲)が男性85cm女性90cmを超えることが必須で(つまり内臓脂肪蓄積あり)、それに加えて血圧・血糖・血清脂質のうち2つ以上が基準値を超えていることが条件(高血圧・高血糖・脂質代謝異常)となり、メタボリックシンドロームの診断がなされる。自覚症状はほとんどないが、動脈硬化、糖尿病などが潜行する危険性がある症候群である。
 [病理各論-内分泌障害-糖尿病]の項目で詳しく解説される。

[2020.6]


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